HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

太鼓の曲についての要素4・小は大を兼ねる

曲を作る時、留意しているのはそれを演奏する人数です。

基本は二人で打てる事、欲を言えば三人で成立する事。

AB二人の場合はAが上拍子フレーズを、Bが下拍子を担当。

下拍子も上拍子も一緒に打つ一人打ちというのもありますが、

一人打ちはちょっと特殊な構成になり、そこから複数人数での演奏には不向きなような気がしています。

 

三人の場合はBの下拍子にA,A’の構成となります。

基本的には同じフレーズを同時に打てるようになっていますが、二手に分けて打つ事が可能。

覚えるのは一つですが、それを分けて打つ、太鼓で尻取りをやるような感じです。

全員での揃い打ちが一般的ですが、A,A’にして掛け合いを行う事で、音にも見た目にも変化や立体感が創出されます。

人数が増えればA、A’、B,B’というようにバリエーションを複雑にして行く事も可能です。あくまでも同じフレーズを使って・・・。

 

小は大を兼ねる、という論理です。

太鼓の曲についての考察3・おろし

私が作る曲の中に入れ込んであるのは、音の受け渡しの要素です。

太鼓は「神がかっている」ところから通称「おろし」という打ち方があります。

太鼓で行う祝詞のようなものでしょうか。

出だしはゆっくり、だんだん速くなり、ふたたびゆっくりになって打ち終わります。

 

通常は一人で行うのですが、これを二人でやります。

 

初打A→次打B→A→B・・・・終打A

という構造です。

 

初打は単音ではなく、ドドーン。

これには理由があって、まずAの気分を伝えます。

ゆ~ったり始めたいときにはドンドーーン、普通の場合はドドーン、緊張させたい場合はズドン。

 

この気分をBが受け止めて同じ音で返します。

こうすることで音の受け渡し→気持ちの受け渡しを行います。

ABがスムースにつながる時、観客も心地よく太鼓に導入されて行くかと。

 

これも練習をしてお互いの息を合わせられるようにします。

相手のことを感じる、きちんと受け応えする、大事にしたいポイントです。

太鼓の曲作り

私が作る曲の中に入れ込む要素第二弾、それはソロです。

 

太鼓の演奏形態は色々、私の少ない経験から乱暴に言い切っちゃうと伝統系の太鼓はソロ、創作和太鼓は合奏、と思います。

 

伝統系によく見られるのは、基本の拍子(下拍子)を一人か複数で打ち、一台の太鼓を一人で演奏、打ち手は交代して行く、という形態です。

基本的に複数人数で打つと揃えるのがタイヘン、そのためにフレーズをできるだけシンプルにして揃えやすくしている、と思われます。

東北のねぶたあるいはねぷたの太鼓は複数台の大太鼓を数人で打ち鳴らしますが、フレーズはとてもシンプル。(実際はとても微妙なニュアンスの違いがあり地元ではそれを打ち分けていますが、同じフレーズに聞こえるほどシンプル)

 

また、八丈太鼓や神着木遣太鼓(三宅)、秩父屋台囃子、江戸囃子、小倉祇園太鼓や福井の野良打ちなどはソロが基本です。

 

打ち手のクセが出る太鼓で、観る方もそれが楽しみとなります。

 

揃い打ちにはそのスリル感がなく、いかに揃うかが見どころ、複数人が胸のすくような太鼓を披露すると俄然観客も盛り上がります。

 

伝統系、創作系、どちらが優れているかという話は無意味で、いいものはいいと感じればよいだけの事デス。

 

私は太鼓は自己表現ができてもよいと思っているので、ソロパートを曲の中に入れるようにしています。

例え30人の演奏でも一人4秒のソロで120秒、2分もあればソロパートを入れる事ができます。

 

個性が発揮できるソロパート、自分の曲では大事にしたいと思っています。

集団の難しさ

集団をまとめるのは難しいデス。

たったの二人でも考え方や意見の相違はあって当然、人数が増えるほどその相違は複雑かつ膨大になって行きます。

十人十色と言いますが、私は十人千色と考えています。

一人の人間でも、時間によって状況によって考えは変わるもの、十に一本付け加えるだけで千にもなろうというもの。

 

そこへ行くと自民党が一つの党にまとまっているのは驚きです。

様々な思惑、権力争い、政争があるにもかかわらず自民党自民党です。

 

離合集散を繰り返す他党とは異質な存在ではあります。

寄らば大樹の陰、という論理なのでしょうか・・・。

権力の甘い汁を吸えるからなのでしょうか・・・。

 

最近経験した事で、あきらかにコミュニケーション不足から仲たがいしていると思われる事例が。

感情が絡んで、収集が付かない状況に陥ってしまいました。

双方とも尊敬できる人物なのですが、なぜか相いれない・・・。

 

言われて初めて知るという事実もあるし、行き違った考えもあったり、こういう事で傷ついていたという事に気が付かされる事もあります。

 

いずれにしても寛容の精神をもってお互いカバーし合う事が必須かと思います。

言葉尻ではなく真意を探ろうとする意志、また言葉遣いには細心の注意を払うべきと。

 

真意を正直に発信するという事が大事かと思います。

さっそく馬脚を現わす菅政権

日本学術会議の会員任命について菅総理大臣はかねてより政府に「反抗的な」6人の学者を排除、その理由を菅総理は例によって「法に基づいて適切に対応した結果」と理由を明らかにしようとはしない。

 

「法に触れなければ何をやってもよい、説明する必要もない」というモリカケ問題、桜を観る会などで対応した臭い物には蓋方式が見事に踏襲されている。

 

日本学術会議権威主義に陥っているという批判もあるが、かつて日本が戦争に向かって突っ走った時、学者は何もしなかったという反省から生まれたと聞く。

 

内閣府主管で学者の会員任命権は確かに内閣総理大臣にあり、その権力を使い、法に基づいて「不適切に」任命する事は可能となっている。

 

しかしながら今回、政府の方針に異を唱える批判的な学者を意図的に排除したと言われても仕方がない状況だろう。日本学術会議は独立性が担保され、政府の介入を許してはならない、そうしないと政府の都合のいいように運営され、自浄能力がますます失せ、再び国民にとって危険な状況が生まれかねない。

 

国民のために働くと公言するのなら説明くらいきちんとしたらいかがなもんでっしゃろ?

またお得意の黒塗り作戦ですかい?

主が代わっても傲慢政治存続のニオイがプンプン、これも蓋されておしまい???

 

お得意の だんまり決め込む 菅政権

 

任命権 馬脚現わす 菅総理

トランプ大統領罹患

大統領 それ見た事か 新コロナ

 

トランプ大統領夫妻が新型コロナ陽性反応、

新型コロナをあれほど軽視し続けた当然の結果かも。

 

世の中の反応はそういう気分の人が多いのではないかと思われます。

 

同じ様に新型コロナを「ただの風邪」とうそぶいていたブラジルのボルソナロ大統領は7月に感染したけれどその後回復したというニュースが流れた事がありました。

 

今回のトランプ大統領はどういう経過をたどるかは不明ですが、お騒がせ男には違いアリマセン。

 

テレビ討論会でマスクもせずにがなり立てていたのは、対立候補のバイデン氏に

飛沫感染させようという魂胆があったのではないかと勘繰りたくなったりします。

 

まあ、これで隔離・治療の後無事に生還したら今まで以上にアホな論理をぶち上げる可能性大です。トランプファミリーはこのまま静かに引き取って頂いた方が世界のためと思う人は少なくないのではと思いますが。

 

権力者 自分ファースト 恥じなはれ

 

権力者は謙虚という言葉を知って欲しいなあ。

太鼓の曲についての考察

私が作る太鼓曲に必ず入れる要素があります。

一つは掛け合い。

掛け合いは二人以上で行うものですが、相手に委ねる部分があるのでこれがなかなかムズカシイものです。

それぞれが共通のテンポキープがきちんとできていないとスムースにいきません。

自分ファーストでなく、相手のことも察しないと音がきれいにつながっていきません。

 

太鼓曲「歓喜」の冒頭にはおろしでの掛け合いを設定、曲中にも二手に分けてあえて掛け合いにしている部分があります。

練習の時は、掛け合いの部分はあえて分けずに一人で打つように伝えています。

一人で打てるようになったらそこを二手に分け、掛け合いの練習をします。

そうする事で相手の音が止むのを待って自分の音を出して遅れたり、間が詰まったりするのを改善します。

 

お互いの息を合わせる、とっても大事な課題クリアのために掛け合いパートを必ず設定しています。

また演奏する時には音が二手に分かれるため、音が立体的になる事、

また見た目にも変化に富む太鼓になる事、等の効果が生まれます。

 

以上の事から自曲には必ず掛け合いパートを入れております。

掛け合いをスムースに行うためにはそれなりの練習が必要になりますが、

演奏のレベルアップを目指して是非ものにして欲しいと思っています。