八丈太鼓の研修を終えて、参加者はすっかり八丈の魅力にとりつかれたようで。
しかし、ちょっと不安なところがあります。
それは八丈太鼓の真髄を理解するかどうかという点です。
八丈太鼓は横向きに置いた一台の太鼓を両面で打ちます。
面の音が高い方が下拍子、低い方が上拍子、決まった下拍子に乗って上拍子はアドリブで。
よって八丈太鼓には決まった曲がありません。
打ち手それぞれが好きなフレーズを打つ自由な太鼓、その個性を楽しむのが八丈太鼓の真髄です。
研修の時、練習用の譜面を渡されましたが、
その譜面通りに打つ練習を皆でやろうという声が多いのが事実です。
でもそれをやってしまったら「自由に打つ」という八丈太鼓の真髄がぼやけてしまうように思います。
譜面を元に個人で練習、研究し自分なりのフレーズ、音を創り上げるのが八丈太鼓。
皆で揃って同じフレーズを打つのは違うと思います。
かつて所属していた八丈太鼓をやっている会も練習曲がありました。
複数で練習する時は、音を合わせないと練習にならないのと、八丈の手を覚えるために
共通の譜面があり、全員で揃い打ちをする事は致し方ないと思います。
しかしながら、舞台で太鼓を演奏する時に、全員で曲を演奏するのは八丈太鼓ではないと。
八丈太鼓を知らない人が見たらそういうのが八丈太鼓だと誤解されてしまいます。
ある時、会の主宰者に疑問をぶつけて見ましたが、
八丈太鼓には回し打ちというのがあり、複数の打ち手が入れ替わり立ち替わり太鼓を打ちます。
八丈島で打たれているカタチはこれです。
八丈太鼓の真の魅力を伝えて欲しいので、4年いたその会は辞めました。
同じ思いを持つ指導員もいて、共通曲の集団練習をすると皆似たり寄ったりの太鼓を
打つようになってしまうと警鐘を鳴らしてくれています。
今思うに、「歓喜」でソロパートを組み入れているのも八丈太鼓の影響なんだと思い当たります。
決められた曲を皆で揃って打つのが太鼓ではない、
打ち手の個性を楽しめる太鼓があってよいし、そこに気づいて欲しいという思いがあります。
こうしてみると色々な太鼓をやる事が栄養になる事を実感します。