鑑定をしつつ、占いも教えているようです。
占いというのは古代の政治にも使われていたそうで、
人間が心を持った時から重要なパートナーとなったようです。
人が決め難い問題を人知を超えたものに委ねる事によって
その責任から逃れる賢い方法、とも言えそうです。
よくやる投げたコインの裏表で東へ行くか西に行くかを決めるアレですね。
人の意思に拠らない決定ですから運を天にまかせて安心できる、
悪く言えばある種の無責任状態を作り出せるわけです。
種まきや収穫の時期という未来を知る必要があった農業と深い関わり合いがあったとか。
そこから人は未来に大きな関心を寄せ、自分自身の未来を知りたがるようになる。
人はみな運命を宿す星の下に生まれる事になるわけです。
しかし人の未来は生まれる前から決まっているのでしょうか?
果たしてこの世に宿命とやらはあるのでしょうや?
へたすると人より大事にされるペットに占いは通じるのでしょうか・・・。
運命的な事は感じる事があってもそれが宿命だとは私には思えません。
占いや宗教を否定するつもりはありませんが、
人が心を持っている以上、占いや宗教といった心の駆け込み寺は必要なのかも知れませんね。
駆け込み寺、う~ん、やっぱりお寺かあ・・・。
駆け込み教会というと、何となくうさんくさい感じがするのは私だけ?