男尊女卑、自民党の爺さんたちはいまだにそんな社会に生きているのやも知れません。
先の東京五輪の運営委員会での森元首相の女性委員がいると会議が長引くという女性蔑視発言、多様な議論を尽くさず上意下達方式で物事を難なく済ませるという老害が露呈したカタチでありましょう。
その運営委員会、談合贈収賄のてんこ盛りで司法の手が回っております。
昔から男が経済の実権を握り、女は男の経済力に頼らざるを得ない社会構造でありました。かくして男は稼ぐからエライ、女は稼げないんだから黙ってろ、という男尊女卑が世に定着したんだろうと思われます。
男は外に出かけて稼ぐ、女は家で家事をこなす、家長が絶対権力者という家父長制度が形作られていきました。
長い間女性が外に出て働く、経済力を持つという事は男社会が許さず、女のくせにとか女だてらにとか、女性の社会的進出を男は阻んできました。
日本でも女性の参政権が認められたのは1945年の事です。
男社会では女が商品化され、落語などを聞いていると妾を囲うのは男の甲斐性、女を買うのは当たり前の社会制度が描かれております。
女性は子どもを産んで育てる、という一大事業がありますが、自然界を見渡せばオスメスが協力して子育てをしている例はたくさんあります。
女性がまっとうな経済力を手に入れた場合、女性は真の自由を勝ち取るものと思われます。ダメ亭主は不要に、男が商品化され女に買われたり囲われたりすることも。
願わくば女尊男尊社会の実現でしょうか。