久々の物語であります。
昔々、あるところに若者の猟師がおったそうな。
名前はとりあえず鶴次郎としておこう。
ある雪の日、猟師の鶴次郎(仮称)はその日はなぜか獲物に出会わず、夕方になったので仕方なく家路につきました。
雪に埋もれた小川を渡ろうとした時、鶴次郎はかすかに羽ばたきのような音を耳にしました。
深い深い雪をぎゅるっぎゅるっと踏みしめながら、物音がする方に行ってみると、何と一羽のツルが痛めた羽をばたつかせてもがいているではありませんか。
鶴次郎は、これは山の神様からの贈り物に違いねえ、ありがたやありがたやと、やっと獲物にありつけた喜びに浸りながら鶴を抱えて家に帰ったんだと。
捕まえた鶴を鍋にして食べようと、まさに斧を振り上げた時に鶴と目が合ってしまいました。
鶴は覚悟をしたようにまんじりともしませんが、その目は泪ぐんでいるようにも見えました。
鶴次郎はこの鶴をどうしても殺す事ができません。
鶴次郎は痛めた鶴の羽を治療する事にし、毎日毎日世話をしました。
鶴は日ごとに元気になり、傷んだ羽はすっかりよくなりました。
鶴次郎は鶴が治ったところを見計らって、雪が消えかけたある日の朝、野に放してやりました。
鶴はうれしそうに一声鳴いてはばたくと大空のかなたに消えて行きました。
それから一年たった雪がちらつく夜の事です、鶴次郎は一人、囲炉裏の火に手をかざしていると誰かが家の戸をやさしく叩く音がしました。
はて、こんな夜更けに誰だんべ?と恐る恐る戸を開けてみるとそこには美しい女の人が立っておりました。
「旅の途中道に迷ってしまいました、どうかお助け下さい。」と女の人は美しい声で話しました。
鶴次郎は「おらあひとり身で、あなた様のような高貴なお人が喰うもんも寝る所もねえだ。」と断ろうとしましたが、
「か弱きわらわをお助けめされ!」と、鶴の一声にびっくりした鶴次郎、「なんももてなす事はできんけど、どうぞどうぞ。」と囲炉裏に薪をくべながら招き入れました。
囲炉裏に照らされた女の人はこの世のものとは思えない美しさです。
鶴次郎は尋ねました。
「お名前はなんと?」
「はい、おつると申します。」
「あれま、おらの名前は鶴次郎、妙な縁だべ。」と二人は笑みを交わしました。
翌朝、鶴次郎がいい匂いで目を覚ますと
「旦那様、朝餉の用意ができてございます。」とおつるがやさしく言いました。
「こんなうめえもんは今まで食ったことがねえ。」と鶴次郎は大喜び。
鶴次郎が猟から戻るとドジョウやタニシなどの今まで食べた事のないようなご馳走が並びました。
お昼の弁当も持たせてくれ、鳥の唐揚げのようなものが妙にうまかったので
「今日のお昼はなんの唐揚げだったんだべな?」と聞くとおつるは、ちょっともじもじしながら
「あれはカエルの唐揚げでございます。」と。
「カ、カエルか・・・、初めて喰ったが鶏肉のようでうまいもんだ!」と鶴次郎は微妙な反応。
「おつるの料理はなんでもとーってもうまいんだが、鶏肉だけは一度も食ったことがねえなあ。」
「あ、はい、と、鳥は・・・」と少々とり乱すおつる。
「ま、いいや、おらあおつるの作るもんならな~んでも好きだがね。」
「はい、旦那様にはただならぬ御恩がありますゆえせめておいしいものでのご恩返しにございます。」
鶴次郎は以前におつるには逢ったこともなく、ちょっと不思議に思いましたが、そのまま聞き流しておりました。
その季節の冬はいつになく長く厳しく、鶴次郎の家もすっかり雪におおわれてしまい、食べられるものがまったく手に入らなくなりました。
鶴次郎は空腹に耐えながら猟にでますが、深い雪に埋もれた山では獲物は一匹として手に入れる事はできませんでした。
「このままではおつるもおらも死んでしまう・・・」
そんなある日、お腹をすかした鶴次郎が家に帰ると薄暗い家の囲炉裏にかけてある鍋からおいしそうな匂いが立ち上っておりました。
鶴次郎はお腹がペコペコだったので
「おつるにしては珍しいな、こりゃトリナベだわさ。」
と独り言を言いながらあっという間に鍋をたいらげました。
それ以来、おつるの姿はどこにも見当たりません。
鶴次郎は狂ったようにあちこちを探し回りましたが、見つけたのは裏庭に落ちていたたくさんの鶴の羽だけでした。
とっぺんぱらりん。