我々のチームは市民講座が発祥のため、純粋な太鼓馬鹿は私を含め2人くらいしかいません。
その意味では太鼓に対する温度差は歴然と存在します。
太鼓熱がそう高くはない人は予習復習はおそらく皆無、
練習に来たら太鼓に触れるくらいの意識だと思います。
以前、年に一回の御諏訪の講習の時に、フレーズが打てない事を先生に指摘された時、
あとうことな、かなか練習する時間がないもので、と言い訳をしてしまいました。
この言葉を聞いた時、先生の顔色が変わり、不機嫌になったことが見て取れました。
教える側からすれば、その発言はとても失礼なもので、教える気が無くなっても不思議ではありません。
できない自分を恥じるどころか、できないのは練習不足のせい、と。
あなたは何のために太鼓やってるの?と問われても仕方のない拙い対応でした。
ま、そういう人もいたりで雑多な温度差があるのは致し方ないと思います。
太鼓の温度差は温度が高いほど熱心ということができると思います。
さて湿度差とは?
太鼓に対する湿度が低いというのは、意外とサラリとして気持ちがいい感じ?
逆に太鼓に対する湿度が高いというのは、ムッとして息苦しいほどの感じ?
太鼓=汗というイメージもあるため、湿度が高いほど熱心なのかも知れません。
実際物理的にも、湿度が高い方がエネルギーも多く蓄えています。
湿度が低くカラッと爽やかな現代的な太鼓か、湿度が高くジメッと暑苦しい昔ながらの太鼓か、
何れにしても温度は高い方が良さそうです。