HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

太鼓:第一回足利太鼓祭り1

天気にも恵まれ、第一回足利太鼓祭りが開催されました。

会場となった鑁阿寺(ばんなじ)は、足利氏の城館の敷地内にあり、一辺200mのほぼ正方形の

敷地の四方に門、周囲に堀と土塁をめぐらした中世の平城の形をとどめています。

二代目の足利義兼(あしかがよしかね)が、建久7年(1196年)に、

この屋敷内に持仏堂(じぶつどう)を建てたのが始まりといわれています。

本堂は国宝に指定されています。

朝6時半に家を出て、途中渋谷で指導員仲間を3人拾い、渋滞もない高速道路をひた走り

足利の集合場所となっているけやき小学校に8時15分くらいに到着。

朝礼の後、太鼓の搬入、各チームの太鼓セッティングの確認、諸々確認打ち合わせ、

お昼を済ませ12時20分から寄せ太鼓として太鼓4台を使い皆で三宅を。

とてもシンプルなのに人を惹き付ける太鼓という事を再認識。

恐らくいろいろな人が入れ替わり立ち代わり演奏するためそれぞれの個性が楽しめること、

打ち手は自分が主役になれるため張り切って打つのが観客にアピールするのではと思います。

これは寄せ太鼓として使える!ということを改めて発見することができました。

そして12時半、いよいよ太鼓祭り開始。

聞くところによるとこれが第一回ということで主宰者は東西南北奔走したそう。

元々、足利春祭りという催事期間があり、市内で散発的にイベントが行われていたようです。

日本太鼓協会公認指導員第6期の会員の一人が、この太鼓祭りの企画をたてて

役所や商工会議所を口説いた結果、開催できる運びとなったとか。

その関係で、公認指導員チーム集も参加の機会を得たというわけです。


皮切りは地元で活躍する「黎明座」の演奏で始まりました。

黎明座は2009年発足、小学生から大人迄、何と練習は月曜から金曜日迄、

土日はほぼ演奏、という太鼓集団。年間にこなす数は50ステージとか。

先の6期の公認指導員も座員の一人です。

イメージ 1

二番バッターは秋桜(コスモス)太鼓。子供を持つお母さんチームとして2004年に発足。

栃木の太田市で活動している若さあふれるチームです。

三番目は公認指導員チーム集。

太鼓配置の確認時、えらく時間がかかりかなり不安を残しましたが本番は問題無し。

今年の年頭に行われた合同発表会に続きMCを担当しましたが、

MCは事前にあれこれ情報を収集し、それをネタとして構成を組み立て、

何回かつぶやいて時間の目安を確認しておく事も重要と考えています。

太鼓のソロと同じでその場で思いついたことをやるように見せかけて、

実は基礎的なことを訓練しておく、というのも必要かと思います。

私はまだまだですが、これに場をなごませる笑いの要素などを加味できればグッド。

演奏と同様にしゃべくりのレベルもとっても大事、今後も研究するつもりです。

チーム集は4曲、山呼、荒波、夏祭り、屋台囃子。

夏祭りは今回のまとめ役の希望で、観客に拍手で参加という演出を行いました。

ちょっと複雑だったかなあという印象はありましたが、新しい試みは大歓迎。

写真からわかるようにステージは日陰、客席に日が当たるようになっています。

このため逆光になり、ステージ上の細部が見えにくいといったマイナス面も。

また好天時、演者は日陰で涼しいのですが観客はかんかん照りの中熱中症が心配されたり。

そんな話題を絡めつつ、チーム集の紹介に始まり、主催者への感謝、主宰者の指導員の紹介、

曲の紹介、その見所聞き所、また歴史や地理を織り交ぜておしゃべりをいたしました。

演奏の方は特に問題なく、と言いたいところですが一人が足がつって転んでしまいましたが

残りの人でリカバー、事なきを得ました。

後で聞くと、屋台囃子用のバチで八丈の荒波を打っちゃったりとか、いろいろあるようです。

指導員チーム集は普通のチームと違い定期的に練習しているわけではないので、

まだお互いの呼吸がわかっていないというところがあります。

いつでも、どこでも、誰とでも、を目標にこれからも精進。