HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

太極拳:気の流れ

前回の記事で、気というものが本当にあるのかどうか、謎としました。

太極拳をやった後は体の芯がほんわり熱を持つような、心地よい感覚に包まれます。

一口に気といってもその解釈はいろいろ、風水などでは気の流れを重要視するようです。

詳しい事はわかりませんが、家の気の流れはとても気にするようで、

風水を信じている人と仕事をした事がありますが、方位や水場の位置、

入り口の向きや数など風水表に基づいての設計が強要(?)されました。

また、スリランカでも入り口からは家の裏側へ抜けている事が吉とされます。

ま、これは暑い国なので実際に空気の流れが重要視されたところから来ているのかも。

気が淀むというのは家相からはよくないのかもですね。


さて、体の気の流れ、あれこれ書いてある記事はありますが、実体に迫るものはないようです。

気力、これは脳が発する体への信号、または信号を伝えるべく物質の分泌を言うのか?

また視線や殺気など、そこに何か実体あるものが媒介しているのか、なんとも・・・。

太極拳をやっていて、指先迄気を意識するとか、見えないボールを抱えるとか、

自分の意識下で何かをイメージする事が多いように思います。

そこから察するに、気は実体のある物質ではなく、イメージの賜物なのかも。

以前習っていた武闘派の太極拳の先生は、全身ぶらぶらさせる準備体操で

目の裏側を意識する、という事をやっていました。

目玉の裏側、イメージする事はできるんですねえ、不思議な感覚。

そういうイメージで気の流れを意識するという事はできるように思います。

それでも、よくわからない世界であることは間違いないのかも。