この年末の忙しい(?)時期に歴史的空想?
録画していた日本の戦国時代についてのテレビ番組を観ていた時、
天下分け目の関ケ原、東軍が勝利を収めたけれど、西軍が勝っていたら?
ま、歴史の要素は複雑かつ結果論なので何とも言えませんが、
一つ言える事は日本の文化の中心地は関東ではなく、関西だったのではなかろうかい、と。
徳川家康は江戸を本拠地に、関東を日本の中心として発展させ、明治政府はそれを引き継いだ形で、日本の首都を東京に置きました。
京都にいた天皇もちゃっかり東京に呼び出し、東の京都、東京にしてしまいました。
もし、徳川の世が実現しなかったら日本の首都は大阪か京都になっていたかも知れません。
しかし、昔から大阪は商都だったので、江戸のように広大な大名屋敷が軒を連ねる場所がなかった可能性も。
時の権力者はどういう街づくりをしたのでしょうか。
大阪中心の日本では北方に目が向かず、北海道はロシアのものになっていた?
ま、意味のない空想ですが、地の利は歴史にも大きく影響するもんだと思います。
土地を巡っての争いが今もウクライナやパレスチナその他世界のあちこちで起こっております。
映画館のひじ掛けの争いも卑近な例であります。
人類の平和な世界は空想の中にだけあるのでしょうか・・・。
平和裏に 平和で悩む 年の暮れ