HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

割り切れないもの、それは太鼓

和太鼓はどれ一つとして同じものはありません。
胴になる木の種類や、同じ木でも部位や厚みの違い、内部の削り方によっても音は違ってくるでしょう。
皮も同じようにそれぞれの牛の個性があるはず。
西洋音楽と違い、できるだけ均質化を求めるというのを不得意とする日本的な楽器なのだと思います。
一個一個から出てくる音は似ているものはあったとしてもどれひとつ同じものはないでしょう。
時間が経つとまた音も変わって行く。
和太鼓はそういうもの、そういう個性的なもの、が和太鼓の特徴なのだろうと思います。
我々は学校教育において、西洋音楽をずっと教わって来ました。
ピアノの調律のごとく、正確無比な音が絶対という音楽教育。
それはそれでよいと思いますが、和のかなりアバウトなものも日本人が築いてきた音楽観であるとも思うわけです。
あ~そんなものですよ、というおおらかさ。
数値では表せない微妙な感覚。
太鼓の音が同じである必要のない文化もそれがベースにあるような気がしてなりません。
太鼓の音はそのフレーズとともに割り切れなくても正解、と言えるのではないでしょうか。
 
最近のメトロノームのような太鼓演奏を聴きながらぼんやりこんな事を考えていました。