HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

川柳:カモシカのような

カモシカの 脚のごとくの 毛むくじゃら
 
スラッと伸びた素敵なおみ足を言うのにカモシカの脚のよう、と表現されます。
でもカモシカの脚はどうもそうでもなさそうなんで、ちょいと調べてみました。
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カモシカのような足」「カモシカの(肢の)ような綺麗な足」との表現は、漢字「羚羊」(音読みで「れいよう」訓読みで「かもしか」)を、比喩の本義だった前者を後者と間違えてしまったために広まった誤用です。
英語 Antelope 〔アンテロープ〕の名でも呼ばれる「レイヨウ;羚羊」は、ガゼルやインパラ、スプリングボック、エランド、オリックスなどといった俊敏かつ颯爽としたイメージのあるものの総称です(人為分類群)。
なかでも、トムソンガゼルやブラックバックは、地上を走る動物でチーターに次ぐ俊足を誇るくらいですから、体形も肢も格好よく洗練されていて、大変に美しいものです。
優美で可憐なガゼルや気品漂うインパラの、たとえ肢であっても、譬えられて気を悪くする女性がいるとは思えません。
同じウシ科でも「カモシカ;氈鹿,羚羊」(ニホンカモシカ)は、ズングリムックリした体形で、しかも短足と、前者とは雲泥の差があります。
なお、獣の足(肢、脚)と人の足(脚、足)の解剖学的相違で説明しようとする向きが多く見受けられますが、そのような人のなかには「足」
の定義を理解しないままに語っている人がいます。
例えば、ダウンタウン松本人志氏のネタがどの程度正しく理解した上でのものだったかは未確認ですが(しかも、あくまでネタだし)、その話を引用してサイトで語る人は理解しないままに語っている場合も多く、ために結論としてこの比喩を「本義からして侮蔑的表現」とまで言い切ってしまっている酷いものまで見たことがあります。
「レイヨウ;羚羊」の肢を、細い部分(『足の甲』に相当)の比喩と取るか、斜め読みして根元の太い部分(『上腿』に相当)の比喩と取るかで、
「前者=賞賛、後者=侮蔑」と意味が正反対になってしまうわけですが、侮蔑的表現と結論付ける人は、そのように考えたい個人的心情から言っているようにしか思えません。
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こうしてみると、カモシカではなく小鹿のような脚、と表現した方がよさそう。
いずれにしても毛むくじゃらですがネ・・・。