HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

いただきます。

ご飯を食べる時には「いただきます」というのが日本の習慣。

以前、学校給食で給食費を払っているのに「いただきます」とこどもに言わせるのはけしからん、とクレームをつけたモンスターペアレントがいたそうな。

そんなにお高くとまっている親に育てられるこどもが可哀そう・・・。

いただきますという感謝の心を持てないトランプのような大人になっちまうような気がします。

 

さて、このいただきます、食材の生産者、それを運ぶ人、食そのものの作り手や、ゴミを処理する人、関わった人すべてに感謝の意を表すことばと思います。

 

はるか昔に通った幼稚園は確かルーテル幼稚園と記憶していますが、ルーテル、ドイツのマルチン・ルターに由来しているキリスト教会系の幼稚園と思います。

幼稚園では食事の前に、祈りを捧げていたように思います。

天にまします我らの父よ、今日の糧をいただけることに感謝をします、アーメン、みたいな内容だったかと。

今日も食事にありつくことができました、神様、ありがとう!といった感じでしょうか。

菜食主義者もいますが、植物だろうが動物だろうが他から命をいただくという構造に変わりはありません。

昨今、まちにクマが出没する事が頻発していますが、クマも生きるために食を求めて人里に現れるようになったものと。

この生きるために食う、というのは生物の根源かと思います。

(贅沢な人間はうまいもん食うために生きてる???)

 

クマを含めあらゆる命は他者の命をいただいて命をつないでいるわけです。

 

命をつなぐために命をいただく。

いただきます、という言葉の中には壮大な命の循環が含まれていると思います。

 

ちなみにAIに尋ねてみると

「いただきます」は、食材の命、自然の恵み、料理に関わった人々への感謝を表す日本独自の挨拶であり、単なる言葉以上に、食事に対する敬意と心のゆとりを生む文化的な表現です。  

 

とありました。

AIの言葉はどこまでも優等生的でいただけないかも・・・。