日本の原風景が歌い込まれています。
冬の夜、囲炉裏を囲んでの家族の情景、1番はやさしい母とこどもたち、2番は勇ましい父とこどもたちを唱っています。
あくまでも母はやさしく、父は勇ましい・・・。
燈火近く 衣縫う母は 春の遊びの 楽しさ語る
居並ぶ子どもは 指を折りつつ 日数数えて 喜び勇む
囲炉裏火は とろとろ 外は吹雪
囲炉裏の端に 縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る
居並ぶ子どもは ねむさを忘れて 耳を傾け こぶしを握る
囲炉裏火は とろとろ 外は吹雪
2番の歌詞では戦争が語られており、違和感を覚えました。
明治の富国強兵政策時代では当然の世相でしょうが、みじめな敗戦を味わった昭和の時代以降、戦争の手柄話はいかがなものか、と感じてしまいます。
戦争の手柄話=人を何人殺めたか、に通じます。
そんなことを思いながら注釈を読むと、戦後、この部分の歌詞が書き換えられているそう。
囲炉裏の端に 縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る
↓
囲炉裏の端に 縄なう父は 過ぎし昔の思い出語る
youtubeであれこれ探してみると、いくさの歌詞で歌われているものが圧倒的に多い。
作品のオリジナリティを尊重して原文のまま歌っています、という事なんでしょうか・・・。
現代の大人たちはこどもたちにどう説明をするんでしょう。
存立危機を声高に騒ぎ立てる?
父にはいくさの手柄話ではなく、いくさの悲惨さを語って欲しい。
囲炉裏の端に 縄なう父は 過ぎしいくさのかなしさ語る
居並ぶ子どもは ねむさを忘れて 耳を傾け こぶしを握る
囲炉裏火は とろとろ 外は吹雪
母は未来の希望を語り、父は過去の過ちを語る、という立派な文部省唱歌になると思いますけんど。