HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

悲惨な戦争

太平洋戦争が始まった当初は日本軍の破竹の勢いに国民の意気が高揚していた様子が民間人の日記からよくわかります。

 

大東亜共栄圏というプロパガンダの下、連戦連勝の報に日本国中が沸き返っていました。

その後ミッドウェー海戦の敗北を機に戦況はどんどん傾いていきますが、状況は国民には知らされず、軍部は大本営発表という嘘の内容を並べ立て、全滅を玉砕、撤退を転進と言い換え事実を伏せて国民をミスリードし続けます。

 

本土空襲など国民は異変に気付きながら、欲しがりません勝つまでは、と国策に従います。

 

軍隊はと言えば陸軍海軍の折り合いが悪く、戦局悪化に対しお互い責任のなすりあいで撤退命令が後手後手になり、その間多くの兵の命が失われました。

 

8月15日は閣僚の靖国神社参拝が取りざたされます。

参拝する連中は、国のために殉じた英霊に対し・・・とか言いますが、その英霊の殆どが病死や餓死でした。

名誉の戦死と言われますが、食糧も弾薬もなく、無謀な銃剣突撃を繰り返した結果、アメリカ軍の機関銃の餌食になるばかりの自殺行為そのものでした。

 

また戦争末期は自殺行為の象徴、特攻が日常化されていきます。

飛行機や潜航艇、小型ボート、肉弾による特別攻撃、いわゆる人間爆弾の特攻が日本軍の戦術となりました。

 

飢えて、病気で、突撃で、自決で、爆撃で、どう死んでも英霊として名誉の戦死と遺族に伝えられます。

果たして彼らは英霊でしょうか。

国の狂気の犠牲者ではないのでしょうか・・・。

 

本土で銃後を担っていた市民も戦争遂行者とされ無差別爆撃や原子爆弾の犠牲になりました。

ヒロシマナガサキの原爆の犠牲には捕虜となっていた外国人もいます。

 

歴史の事実から戦争がいかに愚かで悲惨なのか、改めて考えさせられます。

 

戦争は始めても始めさせてもなりません。

 

戦争が一旦始まってしまうともう制御困難になります。

戦争は破壊と死と憎しみの連鎖しか生みません。

国民はしっかり国を見張らなければなりません。

それが「戦没者」に対する国民の義務かと思います。