戦争が始まると愛国という二文字の呪文の下、自国の戦争に協力せざるを得ない雰囲気になります。
戦争に反対したり、非協力者は非国民と非難に晒されます。
お国のために滅私奉公、皆が皆サッカー選手(メッシ)に・・・。
お国のために、を拒絶すると国を愛さないのか、とせめられます。
でもこの「国」という実態が何か、をきちんと定義する必要があるように思います。
お国のために、のお国とは?
国土や国民、自分たちの財産や生命などが国を形作る要素かと。
それらは戦争を始める権利がある政府とは別物でしょう。
お国のため、の一言は、政府を守るため、には直結しないのではないかと。
お国のために、という言葉は為政者が自分たちを正当化するための呪文です。
自分たち為政者の権力体制を維持するため、諸君らは国に尽くしなさい、と。
今のプーチンロシアやネタニヤフイスラエルはその典型でしょう。
国体護持・・・それは愛国ではなく政府の存続を望むものです。
愛国ということばは国民の目と口と耳をふさぎ、国民を戦争に駆り出す便利な呪文です。
今まで、現に今も「愛国」という言葉の下、多くの人の命が奪われています。
政府には、自分たちが愛せる国を運営してくれ、と言いたい。
裏金作りに一生懸命だったり、主食のコメの農政に無策だったり、借金で国をまわしていたり、国にとって拙い事はもみ消したり、そんな国を愛せとおっしゃるんでしょうか。