ふとした事からプラッシーなる飲料を思い出しました。
当時はなぜかお米屋さんが売っておりました。
米屋さんがお米の注文をとりに来た時に、奥さん、プラッシーはいかが?と売り込んでいましたっけ。
なぜお米屋さんがジュース売ってるんだ?
また、そのジュースは武田薬品が大元だったのも不思議。
調べてみると、武田薬品はお米にビタミンCを加えた商品を販売しており、他に販売ルートを持っていなかったためジュースの販売をお米屋さんのルートでやったそうな。
また、当時は瓶入りだったため、重いジュースをまとめ売りし、お米と一緒に自宅まで運んでいたという事のようです。
当時は御用聞きと言って、お米屋、酒屋、など重い商品は自宅に注文をとりに来ていました。
早朝には納豆売り、お昼の焼き芋や竿竹売り、西宮ではロバのパン屋(車の移動販売)、夕方の豆腐売り、ラッパの音に鍋をもって飛び出したり・・・。夜の中華そば、時には押し売りなんぞもやって来ました。
今ではすっかり見かけなくなりましたがチリ紙交換というのも車で回ってきました。
プラッシーという清涼飲料は販売を停止、今は病院食のゼリーにその名を残しているそうです。