パラリンピック2020は障がい者の存在に改めて気付かされる意義のあるイベントだったと思います。
街に障がい者がいて当たり前という意識を世の中に浸透させるいい機会になったかと。
同時に共生という価値観が少しでも意識づけができたように思います。
どこかの自民党議員が同性婚は家庭を壊すとか家父長制があるべき姿だとか時代錯誤の甚だしさを恥ずかしげもなく露呈していますが、無知や偏見から差別が生まれます。
障がい者を特別扱いするのではなく、普通の事として当たり前に受け入れる社会通念が必要に思います。
さて、パラリンピックに出場するアスリートは障がいの壁を破るという意識がとても強いと思います。
あるコーチが、障がい者に語った失ったものを追いかけても仕方がない、今あるもので勝負するしかないのだ、ということばはとても重いと思います。
障害を負って「なんで自分が」と腐る日々に、自分に挑み、障がい者でも戦えるステージがある事は前を向く事につながるかと。
オリンピックもそうですが、そこには他者と競うという要素もありますが、自分に挑むという精神がとても多くを占めているのではないかと思います。
たゆまぬその姿に感動を覚えます。