HAPPYの非日常茶飯事な日々

日々の川柳や和太鼓などについて語ってまいります。

人生観を変えた与論島

南国の楽園与論島、新型コロナの感染者が出て深刻な状況になっていると思われます。

鹿児島県奄美群島の最南端に位置する与論島、周囲約23km、人口約5500人のカタツムリのような形をしたサンゴ礁に囲まれた小さな島です。

私が学生の時、1972年に沖縄が日本に返還されることになりました。当時日本の最南端であった与論島に行ってみようと思い立ち、九州の旅行プランの中に与論島を組み込んで出発しました。

与論島に空港を作る話がありましたが当時は船のみ、鹿児島港を出て奄美大島、徳之島、沖永良部島に寄りながら25時間あまりの船旅でした。

与論島に着くころには同乗の旅行者とはほぼ顔なじみになっています。

 

旅行計画では与論島は2泊で、その後九州の国東半島を巡って東京に戻る事にしていました。

小さな島はとても居心地がよく、スケッチをしながら島めぐりをしていると船で知り合った旅人とよく顔を合わせました。

ある時島の漁師さんが漁をしている所に行き当たりましたが、その場で熱帯魚の叩きをご馳走になりました。

漁師さん曰く、獲れた分だけ自分たちで食べ、食べきれない分を売ってるんだと。

売るために魚は獲らないという生活ぶりにショックを受けました。

それまでは東京暮らしが長く、お金を得るために労働するという世界観が当たり前だったんですが、何をあくせく時間に追われて生活しなくてはならないんだと今までの価値観が転換するきっかけを与えてくれました。

沖縄方言の「なんくるないさー」(どうという事はないよ)精神に触れた瞬間でありました。

南国は切羽詰まったところがなく、のんびり生活が合ってます。

 

ま、失恋したらキビシイ顔をして夜行列車で北の国に行くのではなくて、南の国にいだかれて癒されるに限る、と思ったものでした。

 

それ以来、うわべを繕う事はせず自分にとって価値があると思うものを大切に生きようという考えを持つようになりました。

 

結果、大分の旅行計画はすべてキャンセル、与論島にとどまる事にいたしました。

美しい海と人情、カネに置き換えない価値観。その後変化があったのかどうかわかりませんが、新型コロナ禍乗り切ってもたいたいものと思います。