稚内市内に残る旧瀬戸邸、底引き網漁で活況を呈していた昭和20年〜40年、昭和27年に船主瀬戸常蔵氏の屋敷として建てられたもので国の有形文化財に登録されています。
パックツアーの悲しさ、外観の写真がありませんが、市の教育委員会のガイドの解説付きで邸内を巡れます。
ガイドによると北海道は元々北加伊道で、加伊=カイはアイヌ語で国を意味する言葉だそうで、明治政府が蝦夷を行政地として命名するときに北海道になった、との事です。
古来よりの南海道、西海道、東海道、山陽道、山陰道、北陸道、東山道、これに北海道が加えられました。実はこれに都があった畿内という行政単位、五畿七道があったそうです。
玄関横に飾られていたのは底引き網漁で網に引っかかったサンゴだそうで、数百万円の価値があるそうです。
1977年に漁業水域が200浬(カイリ=約370km)に設定され、稚内の漁業基地としての賑わいも姿を消して行きますが、それまでは獲れば獲るだけお金になるので大船主の瀬戸氏も贅を尽くした屋敷を建てています。
奥座敷の自在鉤、北前船の帆に瀬戸家の屋号八◯の文字が見えます。
宴会の様子も再現されています。名横綱大鵬も訪れたとか。その1日のためだけに奥座敷を増築したとか、お大尽ぶりを発揮してます。
当時から床暖房設備が施されていたそうです。